映画

宮崎駿(ジブリ)の代表作と年齢

宮崎駿(ジブリ)  1941 −

経歴

宮崎駿は、日本の映画監督、アニメーター、漫画家。1941年、東京で生まれ、戦時中は宇都宮に疎開。その後、小学生のときに東京の杉並区永福町に転居。

父親は、軍需産業の一員として航空部品などを造った「宮崎航空興学」の工場長で、出自や幼少期の記憶は後年まで残る。

自分が戦争中に、全体が物質的に苦しんでいる時に軍需産業で儲けている親の元でぬくぬくと育った、しかも人が死んでる最中に滅多になかったガソリンのトラックで親子で逃げちゃった、乗せてくれって言う人も見捨ててしまった、っていう事は、四歳の子供にとって強烈な記憶になって残ったんです。

出典 : 風立ちぬ(2)〜四歳で体験した戦争の記憶(キネ旬)

子供の頃から絵がうまく、熱心な読書家で、手塚治虫や杉浦茂の漫画をよく読んだ。東映動画製作『白蛇伝』に感動し、アニメーションにも興味を抱く。

学習院大学に進学し、児童文学サークルに所属。漫画家を目指し漫画を描き続けていたが、アニメーターの道に進むことを決意する。

卒業後、アニメーターとして東映動画に入社。24歳のときに同僚のアニメーターの女性と結婚。盟友の高畑勲らと会社をいくつか移り、映画監督作品のデビュー作は1979年、38歳のときの『ルパン三世 カリオストロの城』。

そして、1985年、44歳のときに徳間書店の出資で仲間と一緒にスタジオジブリを設立する。

代表作と年齢

題名 発表年 年齢
ルパン三世 カリオストロの城 1979年 38歳
風の谷のナウシカ 1984年 43歳
となりのトトロ 1988年 47歳
もののけ姫 1997年 56歳
千と千尋の神隠し 2001年 60歳
風立ちぬ 2013年 72歳
ルパン三世 カリオストロの城
1979年 38歳

アニメ『ルパン三世』の劇場用映画第2作。宮崎駿の映画監督デビュー作。

監督、脚本、宮崎駿(脚本は山崎晴哉と共作)。

 

風の谷のナウシカ
1984年 43歳

宮崎駿により、雑誌『アニメージュ』に発表されたSFファンタジー漫画(1982〜1994)。1984年、自身の手で監督した劇場用アニメ『風の谷のナウシカ』が公開される。

監督、脚本、原作、宮崎駿。制作、高畑勲。音楽、久石譲。制作委員会の一員に鈴木敏夫。スタジオジブリ設立は翌年、ジブリ制作の最初の映画は1986年公開の『天空の城ラピュタ』。

 

となりのトトロ
1988年 47歳

昭和30年代前半の埼玉県所沢市を舞台に、田舎に引っ越してきたサツキとメイの姉妹と、不思議な生き物トトロとの交流を描くファンタジー映画。題名の由来は、「所沢にいるとなりのオバケ」。

監督、脚本、原作、宮崎駿。音楽、久石譲。

 

もののけ姫
1997年 56歳

日本の中世から近世に向かう時代を舞台に、人間と自然、獣たちが入り混じる冒険活劇。構想16年、制作3年、スタジオジブリ制作の長編大作。キャッチコピーの「生きろ。」は、糸井重里考案。

監督、脚本、宮崎駿。制作、鈴木敏夫。音楽、久石譲。

 

千と千尋の神隠し
2001年 60歳

ジブリ制作の長編アニメーション映画。10歳の少女千尋ちひろが両親と一緒にトンネルを抜け、現れる神々の世界に迷い込む。豚に変えられた両親を救うために奮闘する。

日本歴代興行収入1位。ベルリン映画祭の金熊賞受賞。アカデミー賞長編アニメーション部門受賞。

監督、脚本、原作、宮崎駿。制作、鈴木敏夫。音楽、久石譲。

 

風立ちぬ
2013年 72歳

宮崎駿が模型雑誌『モデルグラフィックス』で連載していた漫画が原作。零戦の設計者で実在した航空技術者の堀越二郎をモデルとし、堀辰雄の小説から着想を得る。英語版のタイトルは『The Wind Rises』。

主演の堀越二郎役の声を、同じくアニメ映画監督の庵野秀明が演じたことでも話題となる。宮崎駿は『風立ちぬ』で引退を発表していたが、のちに撤回。

監督、脚本、宮崎駿。制作、鈴木敏夫。音楽、久石譲。